クシノテラス

開催場所:
上人坂エリアを中心とした道後エリア
(愛媛県松山市道後湯月町)

観覧:無料

櫛野展正の「出番ですよ!」

2019年11月、松山・道後地区に一週間滞在し、地域に眠る16名の表現者の人たちと出逢いました。

日比野克彦×道後温泉 『道後アート2019・2020』のオープンコール・プロジェクト、櫛野展正の「出番ですよ!」では、その中から13名の表現者を紹介します。

隣のあの人も、もしかするとあなた自身も何らかの表現者かも知れません。

さぁ、今度は あなたの出番ですよ!

  • やまもと よしのぶ

    山本 好伸

    1959年生まれ、松山市在住

    2017年より障がい者支援施設スマイルで暮らしている。

    彼の創作には2種類ある。

    ひとつは、たくさんの文字が綴られた「日記」であり、施設内で体験した出来事と虚構が織り交ぜられて描かれている。

    文字列が縦横無尽に広がっているため、初見で解読することは難しい。

    もうひとつは、カラフルな色の塊で構成された絵画だ。

    モチーフから離れて描かれる作品は、絵の端に「山本好伸さんでした」と自分の名前を書くことも多い。

  • ながの よしひさ

    長野 良久

    1951年生まれ、松山市在住

    松山市役所を退職したあと、松山市中村老人福祉センターに勤務。

    6年ほど前、来館した小学生に独学で覚えたワイヤーアートを披露したところ、評判となる。

    以後、近隣住民にもつくり方を教えるようになる。

    100円ショップで購入したワイヤーにマジックで色を塗り、ワイヤーの間に木工用ボンドを塗布。

    乾いて透明になったら、そこへ色を塗るという独自の技法で、仕事の合間に制作を続けている。

    これまで制作した数は1000を超える。

  • すずき のぶや

    鈴木 ノブヤ

    1964年生まれ、松山市在住

    武蔵野美術大学後、仕事の傍らで、石膏粘土などを使った人形制作などを行う。

    大好きなイングランド出身のパンク・ロックバンド「ザ・クラッシュ」の版画を彫ったことがきっかけで、2007年より独学で版画づくりを始める。

    以後、松山出身の著名人などをモチーフに制作し、2012年には「ザ・クラッシュ」のCDボックスのデザインに採用される。

    2015年より妻の故郷である松山に転居。

    癌により腎臓を摘出し、現在は療養を続けながら、版画制作に取り組んでいる。

  • つじの よしあき(はとおじさん)

    辻野 義治(鳩おじさん) 

    1946年生まれ、松山市在住

    実家は趣味で「鳩レース」を行っており、幼少期から伝書鳩を飼育していた。

    農機具の下請け会社である鉄工所に定年まで勤務。退職する3年ほど前に、「鳩を歩かせてみたらどうだろう」と思いつき、松山城に鳩を連れて遊びに行ったところ、YouTubeで紹介され有名になる。

    以後、「鳩おじさん」の愛称で親しまれている。

    実家で飼育している鳩のうち、「栗」と「モザイク」の2種類のレース鳩を飼育し、現在も鳩を連れて散歩を続けている。

  • たたのぶ とよみ

    只信 豊美

    1948年生まれ、松山市在住

    26歳の頃から、編み物やパッチワークを開始し、子どもの服などを自作する。

    愛媛県庁の職員として勤務しながら、余暇にはステンドグラス教室に通う。

    退職後はバーナーワークや、ちりめん細工なども習うなど、現在も様々な手工芸品の制作を続けている。

    本展で展示する刺繍作品は、1983年に家を新築した際、「絵を飾りたいけど貧しくて買えないから」と、季節の花や好きな花を刺繍してつくったもの。

    大工さんに額を作ってもらい家の中で飾ってきた。

  • まいん

    Mine-マイン-

    1995年生まれ、松山市在住

    16歳で音楽活動を始め、高校卒業後から工場へ勤務。

    徳島県へ異動になり、聴覚障害のある職場の先輩に小豆島や直島へ連れて行ってもらった際、そこで触れた数々の自然や芸術に大きな感銘を受ける。

    退職後に松山へ帰郷。

    その先輩が絵が好きだったこともあって、3年前から「道化絵師Mine-マイン-」と名乗り、独学で絵画制作をスタート。

    これまで描いた作品は500枚以上にのぼり、現在も松山市内の路上で絵の制作販売を続けている。

  • おおにし あきひろ

    大西 晃弘

    1988年生まれ、松山市在住

    小学生の頃から絵を描くことが好きで、誰に見せるわけでもなく、趣味で絵を描き続けてきた。

    2年前に漫画『ジョジョの奇妙な冒険』が好きになり、会社の同僚が異動する際に、餞別として名刺サイズの紙に、『ジョジョの奇妙な冒険』に登場する人物に似せた似顔絵を描いて渡したところ、好評を得る。

    以後、職場や友人など近親者に小さな色紙サイズの絵をプレゼントするようになり、これまで20枚ほどを制作。

    今回は、日比野克彦、櫛野展正、大西晃弘の3名をモチーフにした新作絵画を発表する。

  • やまうち かづこ

    山内 佳津子

    1952年生まれ、松山市在住

    幼稚園と小学校の教員免許を取得後、幼稚園に勤務したことがきっかけで、現在まで40年ほど幼児教育に携わっている。

    あるとき、老後の趣味がないことに気づき、乗馬や生花などを暗中模索するうちに知人からの誘いでステンドグラスを体験。

    ガラスを割ったりルーターで削ったりする力強い制作過程に感銘を受け、自宅の庭を潰して専用の工房を建ててしまうほどステンドグラスの世界に魅了される。

    いまでは、幼児教育の一環として子どもたちにステンドグラスの制作体験も行っている。

  • なかやま たえこ

    中山 妙子

    1943年生まれ、松山市在住

    子どもの学校の役員や塾への送り迎えをしながら、空き時間を見つけては水墨画、押し絵、姫手まり、和洋裁など様々な趣味に取り組む。

    編み物や算盤は指導者としての経験もあり、現在でも料理教室とスケアダンスを習うなど、精力的な日々を過ごしている。

    展示した人形は、娘が3歳のとき、パジャマ入れとして自作したもので、後ろからパジャマを入れることができるようになっている。

    当時、娘が「まつ毛がない」と人形にまつ毛を書くなどしており、「これは思い出が強いから捨てられない」と現在も自宅で大切に保管されている。

  • なかやま としひこ

    中山 俊彦

    1939年生まれ、松山市在住

    34年間、松山市内でトラックの運転手として勤務。

    63歳のとき、畑仕事をしている際に脳梗塞で倒れ、右半身麻痺となる。

    以後、家で療養をしながらリハビリを続ける。

    6年ほど前より、妻に教えてもらいながら、折り紙のブロック折りによる作品づくりを開始。

    これまで20体以上を制作し、「郵便ポスト」や「ボーリング」など面白いモチーフの作品をつくり続けている。

  • ほりぐちさん

    ホリグチさん

    1968年生まれ、松山市在住。

    人と同じことを嫌い、幼少期より絵を描いたり服のリメイクなどをしたりするようになる。

    大学卒業後に地元の放送局で美術担当として勤務したあと、結婚を機に大阪へ転居。

    その後、故郷の松山に戻り2人の子どもを育てながら、主婦として自由な表現活動を始める。

    1995年頃から、個展やグループ展を行い、手づくりの人形「拭子(ふきこ)」は大ヒット商品となる。

    子どもたちを社会に送り出してからは、その勢いは加速し続け、自宅内は自作の品やレトロ雑貨で溢れている。

  • おきい まこと

    沖井 誠

    1951年生まれ、伊予市在住。
    56歳で早期退職後、実家に帰郷。

    暇つぶしにと、毎日海岸から石を拾ってきては自らの敷地内に並べるという行為を繰り返す。

    2015年3月からは、部屋が殺風景だったため、半年かけて裏山の竹などを使って自室を改造。

    翌年11月からは、目の前の海岸に流れ着いたブイや発泡スチロールなどを使って、小さい頃から憧れていた戦闘機やロケット、宇宙人の模型などの制作を始める。

    戦闘機は、風が吹くとプロペラや機体そのものが回転する仕掛けになっており、部屋の窓からそれらを眺めては空を飛ぶ様子を空想している。

  • すぎさく じぇいたろう

    杉作 J太郎

    1961年愛媛県生まれ。

    漫画家・映画監督・俳優、「男の墓場プロダクション」代表。 

    監督作品に『仁侠秘録 人間狩り』、『怪奇!!幽霊スナック殴り込み!』、『やる気まんまん』、『チョコレート・デリンジャー』。 

    杉作J太郎Twitter