開催場所:
ひみつジャナイ基地
(愛媛県松山市道後湯月町2-41)
休館日:火曜日及び水曜日
(臨時休館する場合あり)
観覧:無料
櫛野展正の「出番ですよ!」
2019年11月、松山・道後地区に一週間滞在し、地域に眠る16名の表現者の人たちと出逢いました。
日比野克彦×道後温泉 『道後アート2019・2020』のオープンコール・プロジェクト、櫛野展正の「出番ですよ!」では、その中から7名の表現者を紹介します。
隣のあの人も、もしかするとあなた自身も何らかの表現者かも知れません。
さぁ、今度は あなたの出番ですよ!
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たたのぶ とよみ
只信 豊美
1948年生まれ、松山市在住
26歳の頃から、編み物やパッチワークを開始し、子どもの服などを自作する。
愛媛県庁の職員として勤務しながら、余暇にはステンドグラス教室に通う。
退職後はバーナーワークや、ちりめん細工なども習うなど、現在も様々な手工芸品の制作を続けている。
本展で展示する刺繍作品は、1983年に家を新築した際、「絵を飾りたいけど貧しくて買えないから」と、季節の花や好きな花を刺繍してつくったもの。
大工さんに額を作ってもらい家の中で飾ってきた。
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まいん
Mine-マイン-
1995年生まれ、松山市在住
16歳で音楽活動を始め、高校卒業後から工場へ勤務。
徳島県へ異動になり、聴覚障害のある職場の先輩に小豆島や直島へ連れて行ってもらった際、そこで触れた数々の自然や芸術に大きな感銘を受ける。
退職後に松山へ帰郷。
その先輩が絵が好きだったこともあって、3年前から「道化絵師Mine-マイン-」と名乗り、独学で絵画制作をスタート。
これまで描いた作品は500枚以上にのぼり、現在も松山市内の路上で絵の制作販売を続けている。
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おおにし あきひろ
大西 晃弘
1988年生まれ、松山市在住
小学生の頃から絵を描くことが好きで、誰に見せるわけでもなく、趣味で絵を描き続けてきた。
2年前に漫画『ジョジョの奇妙な冒険』が好きになり、会社の同僚が異動する際に、餞別として名刺サイズの紙に、『ジョジョの奇妙な冒険』に登場する人物に似せた似顔絵を描いて渡したところ、好評を得る。
以後、職場や友人など近親者に小さな色紙サイズの絵をプレゼントするようになり、これまで20枚ほどを制作。
今回は、日比野克彦、櫛野展正、大西晃弘の3名をモチーフにした新作絵画を発表する。
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なかやま たえこ
中山 妙子
1943年生まれ、松山市在住
子どもの学校の役員や塾への送り迎えをしながら、空き時間を見つけては水墨画、押し絵、姫手まり、和洋裁など様々な趣味に取り組む。
編み物や算盤は指導者としての経験もあり、現在でも料理教室とスケアダンスを習うなど、精力的な日々を過ごしている。
展示した人形は、娘が3歳のとき、パジャマ入れとして自作したもので、後ろからパジャマを入れることができるようになっている。
当時、娘が「まつ毛がない」と人形にまつ毛を書くなどしており、「これは思い出が強いから捨てられない」と現在も自宅で大切に保管されている。
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なかやま としひこ
中山 俊彦
1939年生まれ、松山市在住
34年間、松山市内でトラックの運転手として勤務。
63歳のとき、畑仕事をしている際に脳梗塞で倒れ、右半身麻痺となる。
以後、家で療養をしながらリハビリを続ける。
6年ほど前より、妻に教えてもらいながら、折り紙のブロック折りによる作品づくりを開始。
これまで20体以上を制作し、「郵便ポスト」や「ボーリング」など面白いモチーフの作品をつくり続けている。
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ほりぐちさん
ホリグチさん
1968年生まれ、松山市在住。
人と同じことを嫌い、幼少期より絵を描いたり服のリメイクなどをしたりするようになる。
大学卒業後に地元の放送局で美術担当として勤務したあと、結婚を機に大阪へ転居。
その後、故郷の松山に戻り2人の子どもを育てながら、主婦として自由な表現活動を始める。
1995年頃から、個展やグループ展を行い、手づくりの人形「拭子(ふきこ)」は大ヒット商品となる。
子どもたちを社会に送り出してからは、その勢いは加速し続け、自宅内は自作の品やレトロ雑貨で溢れている。
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すぎさく じぇいたろう
杉作 J太郎
1961年愛媛県生まれ。
漫画家・映画監督・俳優、「男の墓場プロダクション」代表。
監督作品に『仁侠秘録 人間狩り』、『怪奇!!幽霊スナック殴り込み!』、『やる気まんまん』、『チョコレート・デリンジャー』。